賃金引き上げに向けた取組事例
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CASE STUDY 49
賃上げ取り組み事例 -
株式会社三井住友銀行
銀行業、リース業、その他事業(各種与信関連業務、証券業務、投資顧問業務、情報処理・情報提供業務)
2024/3/29
賃上げが目指す、多様な従業員が集い、育ち、活躍する場の持続
実施の根底にあるのは、2023年5月に策定された「中期経営計画」に盛り込まれた前社長・太田純氏の「カラを、破ろう。」のメッセージ。
- 企業データ
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- ●頭取:福留 朗裕
- ●本社所在地:東京都千代田区
- ●従業員数:27,945名(2023年9月30日時点)
- ●設立:2001年4月
- ●資本金:1兆7,709億円(2023年9月30日時点)
- ●事業内容:銀行業、リース業、その他事業(各種与信関連業務、証券業務、投資顧問業務、情報処理・情報提供業務)
2023年に実施された“実質7%”の賃上げとは
2023年3月、大手3銀行の賃上げが大きく報じられた。我々が取材した株式会社三井住友銀行は、実質7%の賃上げであるという。
この実質7%の賃上げとは、どのようなものなのだろうか。また、この7%に踏み切った同行の狙いとは、何であろうか。
2023年7月に実施された同行の賃上げは、定期昇給やベースアップおよび賞与の増額が中心。これらに加えて、採用活動や研修の拡充といった、従業員の育成等に関する施策を合わせれば、実質約7%の賃上げに相当するという。このような大胆な決定に至った背景には、賃上げに対する社会的な機運の高まりがあったことは言うまでもないが、従業員一人ひとりが厳しい経済環境下に置かれながらも、高い使命感を持ってそれぞれの持ち場で奮闘していることに報いようとする経営側の判断があった。
こうした賃上げについて、同行人事部副部長の酒永洋介さんは、「2023年3月、組合から、消費者物価上昇からの実質賃金の防衛を目的としてベースアップの要求がありました。この要求に、即日、満額回答をさせていただきました。」と話す。
グループの価値創造を支える「人財ポリシー」から生まれた賃上げのメッセージ
また、本件の賃金引上げは、同行が2023年5月に発表した「中期経営プラン“Plan for Fulfilled Growth”」の重要な要素だと酒永さんは語る。
中期経営プランによれば「質の伴った成長」を実現するために、経営計画の柱として、「①社会的価値の創造(「幸せな成長」への貢献)、②経済的価値の追求、③経営基盤の格段の強化を据える」と宣言している。この筆頭にあげられた、「①社会的な価値の創造」という文言が、特に目を引いた。
同行を中核とするSMBCグループでは、「環境」「DE&I*・人権」「貧困・格差」「少子高齢化」「日本の再成長」の5点を重点課題として定め、この重点課題に対応して活動を拡大させ、社会全体や人々が持続的に豊かになるように貢献していく方針だと説明している。また、これと併せ、「今後、従業員一人ひとりが重点課題に主体的に取り組むことを通じて、働きがいを感じられるよう、社会的価値の創造に向けた参画意識をより一層高める」と宣言している。
こうした理念を、従業員に主体的に取り組んでもらうために必要なものは何であろうか。同行人事部企画グループ部長代理兼ダイバーシティ推進室室長代理の木村祥吾さんは、「2023年度よりスタートしている中期経営計画において、SMBCグループ人財ポリシーを制定し、ミッション・ビジョン・バリューを体現する人物像をSMBCグループが『社員に求めるもの』として、また、それを理解し実践しようと努める社員に対してSMBCグループが提供するものを『提供する価値』として、それぞれ言語化した。これを通じ『多様でプロフェッショナルな社員が挑戦し続け、働きがいを感じる職場とチームの実現』を目指していく。」と語る。従業員と会社はパートナー・チームであるからこそ、従業員も我が事として会社の方針に賛同し、主体的に行動できるということだ。もともと、このポリシーは、「人の三井」「事業は人なり」と形容される、人を重視してきた三井・住友という二大事業体に共通する精神と文化を受け継いだものだ。こうした土壌のもと行われた今回の賃上げには、単に従業員に報いるという側面のみならず、モチベーションを向上させ、5つの重点課題に意欲的に、主体的に、取り組んでもらいたいというメッセージでもあったのだ。
*DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)=「Diversity(多様性)」、「Equity(公正性)」及び「Inclusion(包摂性)」の略。
SMBCグループは「DE&I」を「成長戦略そのもの」と位置づけ、個々の状況に応じた公正な機会やリソースを提供することで、ひとりひとりが思う存分にその能力を発揮し、多様な視点を持つ革新的な組織を目指している。
「パラダイムシフト」のなかの賃上げ
今般実施された賃上げは、2023年5月に発表された「中期経営プラン」が重要な要素であったわけだが、「中期経営プラン」の策定に当たって大きな役割を果たしたのが、前社長、太田純氏だ。2019年4月に社長となって以来、太田前社長は「カラを、破ろう。」をスローガンに掲げ、前例や固定概念、組織の論理などにとらわれず、失敗を恐れずにチャレンジしてほしいと、常に社員を鼓舞し続けたという。
その太田氏は、今回の賃上げを実施し、中期経営計画を発表したのちすい臓ガンに倒れ、2023年11月25日、65歳という若さで帰らぬ人となった。その遺言ともいえるインタビュー記事(NHK WEBコラム)のなかで、記者の発した「いまいちばんの関心事は?」との問いに、太田前社長は間髪を入れず、「子どもたちの貧困です」と答えたという。
事実、SMBCグループでは、教育支援を行う公益社団法人を通じ、経済的に困窮する子どもたちに、学習塾で使えるクーポン、一人あたり20万円分を配布する取り組みを始めていたという。
太田前社長は、現下に進行する大きな歴史的変化を「パラダイムシフト」ととらえ、そのなかでの企業と社会全体が生き残る術(すべ)を模索していたように思える。このクーポン配布もその一つであろう。
そうした大きな変革が起きる中、我々従業員はその変革の波に乗れているだろうか。太田前社長が語った「カラを、破ろう。」を、我々従業員は実現できただろうか。「実質7%」の賃上げには、そのような思いが込められていることをわかってほしい。太田前社長のことを語った酒永さん、木村さんのなぜか懐かしそうな表情から、こうした言外のメッセージを受け取ったように感じられた。