賃金引き上げに向けた取組事例
-
CASE STUDY 54
賃上げ取り組み事例 -
栄研化学株式会社
医薬品、試薬、医療および理化学機械器具などの製造、販売ならびに輸出入販売
2024/3/29
2年にわたる労使の話し合いが結実した新人事・賃金制度とは
臨床検査薬のパイオニアとして人の健康を守る同社の取り組みと、それを推進するマインドセットを探る。
- 企業データ
-
- ●代表執行役社長:納富継宣
- ●本社所在地:東京都台東区
- ●従業員数:1,052名、連結1,106名(2023年3月31日現在)
- ●設立:1939年
- ●資本金:68億9,773万円(2023年3月31日現在)
- ●事業内容:医薬品、試薬、医療および理化学機械器具などの製造、販売ならびに輸出入販売
正社員の報酬水準引き上げ、新人事制度も導入
コロナ禍を経て、人は健康と命を守ることの大切さを今ほど切実に感じたことはなかったのではないだろうか。感染症に対する細菌検査用試薬の研究開発に始まり、世界中の人々の健康を守り続けている企業がある。臨床検査薬のパイオニアとして、製品・技術の研究開発に努め、先進の医療ニーズに応える栄研化学株式会社。同社の身近な製品には、大腸がんのスクリーニング検査キットがある。健康診断で誰もが使ったことがあるだろう検便の試薬と機器だ。また、同社が独自開発した遺伝子増幅技術「LAMP法」は、コロナウイルス検出試薬へと応用され商品化につながっている。
同社は、2023年4月から正社員を対象に、定期昇給を含めて平均で前年度比9.0%を超える年収の引き上げを行った。初任給についても、大学卒は25万1,000円に、修士了は26万円に、ともに3万円以上引き上げた。また、非正規雇用者については正社員に先立って2019年と2020年に処遇を改善。時給を100円引き上げ、昼食補助手当を支給することとしたほか、正社員へのキャリアアップ促進も強化した。併せて新しい人事制度を導入し、創造的な仕事に挑戦する従業員を高く評価し処遇に反映する仕組みを取り入れた。この「創造的な仕事」については、新しい事業の企画・推進、新規市場の開拓、DXによるオペレーションの改革などを対象としている。そして、これらの挑戦は必ずしも成果につながらなくてもその努力に対して評価するという点がユニークだ。
同社の研究開発拠点である「総合研究センター」
労働組合との継続的な対話により、労使双方の思いを制度に結実
同社はかねてより報酬水準の引き上げを含めた人材への投資についての検討を続けてきた。正社員の約7割が加入する労働組合執行部との対話を毎月1回行い、賃金・労働条件の改善について約2年にわたり話し合いを続けたという。2年もの時間を要したのは、制度設計の範囲が広範にわたったことと、その実現のために緻密な議論を重ねたためだ。人事部門と労働組合執行部のメンバーを中心に「キャリア・等級設計」「報酬設計」「評価設計」「人材育成」の4チームをつくり、新制度が事業戦略上の課題解決につながるか、従業員の意欲向上に寄与するか、企業風土にフィットするかなど多角的視点から議論し制度構築に至っている。その甲斐もあり、新しい人事・賃金制度は、労使で話し合った内容がしっかりと盛り込まれたものとなった。こうした同社の取り組みは、「会社の未来は従業員が創るもの。従業員の可能性を広げることが会社の可能性を広げ、成長につながり、ひいては社会貢献につながる」という考え方に基づく。
この考え方は、賃金制度の至る所に形となって現れている。以下はその一例だ。同社は、「Team×Challenge」をスローガンに掲げ、会社と従業員が一丸となって、多様な働き方を許容することにより誰もが活躍でき、より付加価値の高い業務に集中できる環境の整備に取り組んできた。この環境整備の一環として譲渡制限付株式報酬制度を導入した。これは、会社と従業員が共に中長期的な視点で会社の価値向上を意識することを目的としたものだ。また、従業員のライフスタイルの多様化に応じて、住宅手当や扶養手当といった属人的な手当を廃止し、役割・職責に応じた報酬体系への一本化も実現した。これは特に女性の活躍を後押しするための改定であり、従業員満足度調査において「仕事へのモチベーションアップにつながった」と、女性従業員から新たな賃金制度を評価する声があがっているという。
制度は変えてからの運用が本番
新人事・賃金制度は、新卒とキャリアの両人材の採用において効果があったという。特に研究開発に携わる専門人材は貴重な存在で、ましてやグローバルに活躍できる優秀な人材となると確保・定着はより難しくなる。こうした人材確保の課題を解決するためにも、業界内での優位な処遇とすることが必要である。そのためには、生産性を向上し利益を確保するためのさまざまな施策に挑戦し続けていかなくてはならない。DXの推進もそのひとつと捉えている。また、新人事・賃金制度に関して経営企画室・工藤室長はこう語る。「制度は変えて終わりではなく、変えてからの運用が本番なんです。改正の目的に照らして実態を伴った運用ができていなければ、改定する意味がありませんから」。制度改正から約1年が経とうとする現在も、工藤室長は、北海道から九州まで日本全国に所在する各事業部へ自ら赴き、現場の声を直接聞くのだという。とくに若年層から忌憚のない意見を聞き取ることができる貴重な機会になっており、制度が浸透しているか、期待した結果に繋がっているかの生の声を知ることで、制度の定着と運用の継続的な改善に取り組んでいる。
同社では、人材を意図的に「人財」と標記する。同社にとって、最も大切な財産は従業員であると捉えているからこそ、労働組合や現場の声に真摯に耳を傾け、会社と従業員が一体となって成長することのできる人事・賃金制度を模索し続けるのである。